記事タイトル:テスラ・モーターズはなぜ特許をオープン化できるのか、4つの仮説
作者:弦音なるよ さん (転載許可承認済み)
日付:2014/06/14
──以下転載──
電気自動車のパイオニアであるテスラ・モーターズが、自社の特許技術を開放し、自らは権利行使に用いない旨を発表しました。
・米テスラ、特許を公開へ―技術促進目指し(ウォールストリート・ジャーナル日本版,20134/6/13)
・米テスラ、特許を全面開放 EVの技術革新促す (日本経済新聞,2014/6/13)
特許を武器とした技術の独占を放棄することで、新興メーカーの参入を呼び込むことが狙いのようです。
上述の日経記事も指摘の通り、「特許の不使用」はソフトウェア企業では行われることのある宣言ですが、自動車メーカーによる宣言は異例です。オープンソースの潮流が背景にはあるようですが、他にも何か戦略的な意図があるのでしょうか。
今回はテスラが特許のオープン化により何を狙っているのか、考えてみたいと思います。
Summary Note
オープンソース・ムーブメントに基づくテスラの特許不使用宣言 ・テスラは、テスラの技術を欲する誠意ある他者に対して特許権を行使しない ・発明者ではなく、大企業や法律家にばかり特許が使われる近年の傾向に疑問 ・テスラは、特許の開放がテスラのポジションを強くすると信じている テスラ・モーターズが特許をオープンにできる4つの仮説 1.電気自動車市場の生態系が構築され、パイも増える 2.標準化により、インフラの整備がテスラに有利な形で促進される 3.従来型オープン・クローズ戦略を取らないとは言っていない 4.テスラは他社技術をコピーする大義名分を手にした従来型オープン・クローズ戦略か、オープンソースの精神か
テスラの狙いを考える前に、まずテスラが発表した宣言の意味を確認します。
従来型オープン・クローズ戦略
保有する特許権や技術、ノウハウの一部を他社に開放することは、従来から戦略として行われてきました。
ただしこのときオープンにされるのは、他社に実施されても構わない部分だけです。競争力の源泉となる部分は秘匿したり特許権で守るなどして、オープンとクローズを使い分けるのが通常でした。
教科書的にはインテルが有名です。インテルは、インターフェイスを標準化することでPC製造業のすそ野を広げ、しかし基幹部品となるCPUは自社だけが高度なものを造り続ける、という環境を築きました。
オープンソースの精神に基づく知財権の開放
一方近年では、上述のオープン・クローズ戦略とは少し違ったニュアンスで知財権が開放されることがあります。
GoogleやTwitterなど、IT企業のなかには、「攻めてこない限りはこちらから攻撃しないよ」という「特許不使用の誓い(Open Ptatent Non-Assertion Pledge)」を宣言し、社の方針として知財権を積極的攻撃には使わないとしているところがあります。
こうした宣言は、オープン・クローズ戦略の一端というよりは、「技術はオープンに使用されるべき」という、オープンソースに始まるソフトウェア業界の文化の影響があるようです。
・米国IT企業による知財制度に関するロビー活動状況まとめ -「そもそも特許を使う気ないです」派の新興IT企業の人たち(2014/5/11)
もっとも私はそれだけでなく、アルゴリズムが侵害発見の難しい技術であること、製品のライフサイクルが早いこと、技術独占による設備投資回収というモデルが馴染まない分野であること、なども背景にあると考えています。
テスラ・モーターズの意図は後者のようにも思えるが
テスラの今回の宣言が異例なのは、ソフトウェア企業ではなく自動車メーカーによりされている点です。自動車は大規模な設備投資の回収が必要だったり、特許に「馴染む」分野と思われますが、テスラの意図はどうなのでしょうか。
これについて、創業者CEOイーロン・マスクのブログを読むのが良さそうです。
・All Our Patent Are Belong To You(TesLamoters HP,2014/6/12)
私の偏見含めて意訳すると、おおよそ次のようなことを述べています(正確には原文読んで下さいね)。
・電気自動車技術の発展のため、オープンソースの精神に基づき、本社に掲示していた特許を剥がした
・テスラは我々の技術を欲する、誠意のある他社に対して、特許訴訟を起こさない
・近年、特許は発明者でなく、大企業や法律家にばかり使われている
・テスラは大自動車企業に技術をコピーされ、彼らの巨大な製造・販売・マーケティングパワーに圧倒されることを懸念し、特許を取得してきたが、しかし彼らの電気自動車の売上は大きくはならなかった
・技術的優位性は特許ではなく、世界の有能なエンジニアを魅了し、動機付けられる能力によって決まる
・我々の保有特許に対するオープンソースの精神は、テスラのポジションを強くすると信じている
これを読むと、オープンソースの文化に基づく特許の開放のように感じられます。イーロン・マスク自身もソフトの世界の出身ですしね。
しかし本当に狙いはそれだけでしょうか?
テスラ・モーターズが特許をオープンにできる、4つの仮説
テスラ・モーターズも企業ですから、競争に負けたら元も子もありません。今後も勝ち続けられると踏んで特許を開放したはずです。
本来競争力を高めるとされてきた特許を開放するとどんなことが起こるか、ちょっとだけ考えてみます。
1.電気自動車市場の生態系が構築され、パイも増える
これはそのままテスラが意図しているところですね。
現在のテスラの売上を1としたとき、将来電気自動車市場が10に拡大すれば、仮にテスラのシェアが20%に落ち込んでもテスラの取り分は2、今の倍の売り上げが期待できることになります。
また、自動車は各種部品などすそ野の広い参入です。直接的なライバルだけでなく、こうした電気自動車製造の生態系を早期に築けることも、テスラにとって大きなメリットになるでしょう。
日本の自動車メーカーも、系列内においては特許を融通しあってますね。
2.インフラの整備が促進される(あわよくばテスラに有利な形で)
現状の電気自動車のデメリットの1つは、未発達なインフラです。米国ではすでに何マイルかおきに電気スタンドが配置されているようですが、環境整備にはまだまだ課題がありそう。
参入企業が増えればインフラ整備も加速しますから、これはテスラにとって大きなメリットです。
さらに言えば、電気自動車の分野で先行していたテスラの特許が解放されることで、インフラに関する標準がテスラの技術に基づき整備される可能性もありそうです。
標準化は本来的には特許の混入を嫌いますから、開放された特許なら安心です。
自社技術に基づき標準化が進むことは、テスラにとって有利に働きます。
この観点では、上述した電気自動車製造の生態系構築にあたっても、非常に大きな効果を発揮すると考えられます。
テスラ・モーターズHPより、2014年時点での米国におけるTesla電気スタンド普及状況
3.テスラが従来型オープン・クローズ戦略を取らないとは言っていない
テスラは「特許で先制攻撃はしないから安心して参入してね」とは言いましたが、「持ってる技術を全部タダで教えやるぜ!」ほどロックなことは言っていません。
特許出願していないノウハウや、他社に真似できないコア技術で競争力を維持することは十分考えられます。
今回の特許開放は、オープンソース精神に基づくオープン化宣言に見えます。
しかし上述した標準化効果なども鑑みると、従来型オープン・クローズ戦略としてみたとしても、大きな見返りを期待できる行動のように思えます。
4.テスラは他社技術をコピーする大義名分を手にした
革新技術に基づき取得した有力特許を一本槍に、ベンチャーが新規市場参入! ということは今後あり得るのでしょうか。技術を奪われるのを恐れたベンチャーが特許で攻撃しようとしても、テスラはいつでも先行する自社特許群で返り討ちにする用意があります。テスラは先制攻撃はしませんが、反撃する権利は留保しているからです。
「知財権とかやめて純粋な技術力だけで勝負しようぜ」という競争環境を、パイオニアであるテスラが作った点は興味深いですね。誰でもテスラの技術をコピーして構わないけど、その代わりにテスラも、他社技術を自由にコピーできる大義名分を手にしたわけです。
考え過ぎじゃないの?
色々穿った視点で書きましたけど、私個人としては、純粋にオープンソースの精神に基づく権利不行使なんだろうなと思っています。とはいえこうして考えてみると、戦略的に一定のメリットのある話になっていそうなことも事実です。
あるいは特許制度自体が本質的に間違っていて、本当はオープン化した方がいいのにみんなが独占にこだわって損しているだけ、ということもあるのかもしれないですが‥。
テスラが特許を取ってきたことにどんな意味があったのか?
どうせ開放するなら特許取らなくても良かったじゃん、とも一瞬思いますが、そんなことはなさそうです。
特許公報というドキュメント化された状態で技術公開できたことや、その範囲では少なくともテスラ以外の他社特許が無さそうという傍証は、参入企業にとってメリットでしょう。
何よりテスラは、既存の大手自動車メーカーと戦う可能性を残しています。
巨大な特許ポートフォリオを有する大手自動車メーカーが攻勢に出たときテスラがどう出るのか、これは楽しみにしたいと思います。
テスラの取った行動が今後の電気自動車の発展にどう寄与していくのか、期待していきたいですね。
──転載ここまで──
転載記事の元URL:http://hiah.minibird.jp/?p=1480
転載者コメント:仮説ではありますが、企業戦略の中でのOpen InnovationやOpen Sourceの役割について考えるきっかけにできる記事だと思います。